ヒマラヤ山行記録J”C3”

9/20:コック(兼アシスタントガイド)の高山病でC1,C2建設後ABCで休養して3日間ロスになる。私は早くチョーオユーを終わらせて、シシャパンマに行かないと季節風が吹き始めてしまうと焦りがでてくる。20日に新規巻きなおしでABCを3人で出発。C1に一泊してC2へ。約700m登るが途中に100mアイスフォールが待ち構えている。ここも一人旅だ。アイスフォールもフィックスがあるので軽く??突破。と言いたいがハアハアゼイゼイと大変だった。台地上になった氷河の上がC2(7130m)だった。C2からシェルパ2人が荷揚げする予定だったがまたしてもコックは高山病らしい。翌朝、一人で下っていった。22日は400mの雪面を登ってC3へ高度順応。最初は張り切って歩いたが次第にスピードが落ちて7500m近くになったら動いている時間よりも止まっている時間の方が長くなってしまった。上からヨーロッパ人が酸素マスクを着け、シェルパとアンザイレンして下りてきた。「サミット、get?」と聞いたらマスクを外して「ノー、ベリーディフィカルト」と言っていた。雪が降り始め「ちょっとやばいかな」なと考え始めたときC3に到着。テント設営を終えたガイドとすぐに下る。が、ガイドはサッサと一人で行ってしまった。翌日はC3に移動して登頂に備える。テントの中でガイドが酸素ボンベから酸素を少しずつ出して眠れば楽だと言いホンの少し出してしばらくしてお茶を沸かそうとライターを付けたらバーナーの炎が大きく上がり外に投げ出した。こんなところで火事になったら大変と酸素を止めて寝たが特に息苦しいこともなかった。明日は1時に起きるのでお休みなさい!  記:ucon
 写真:C2から見たC3へのトレース。やはり動いたり考えたりするのが億劫になっているのだろう。ここから頂上まで写真を撮らなかった。



               

               























                                                       NET山岳会”HALU”

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